Story of Pachypodium enigmaticum

Landscape of Mandoto, Madagascar
Landscape of Mandoto, Madagascar


はじめに

ウェブページ The Succulentistにお越しいただきありがとうございます。このページでは、毎回特別に思い入れのある植物をとりあげて、まつわるストーリーやそのバックグラウンドを紹介していこうと思っています。方々を旅して見つけて来た、新しい導入品の紹介や、幻の種、忘れられた銘品など、他では紹介される機会のない本当に貴重な植物に、ひとつ一つ光を当てていく場になればと思います。このストーリーを読めば、きっと手に入れて育ててみたいと思うはず。毎回紹介した植物のオファーをできるよう、
Special offerのページもあわせて設けようと思います。
流行りの向こう側、いきませんか。この場が植物たちにとってのよき晴れ舞台となりますように。

河野忠賢




Pachypodium enigmaticumは近年記載された最新のマダガスカル産パキポディウムで、直径60mmを超える大輪を咲かせる画期的な新種として、世界的に注目されている。2014年のCSSA(Cactus and succulent society of America)のジャーナルに、チェコのPetr Pavelkaらによって記載発表された種だ(記載論文)。

Flower over 60mm diameter
60mmを超える大輪

エニグマチカム発見まで

 エニグマチカムの発見は2003年にまでさかのぼる。2003年に故Alfred Razafindratsiraの圃場を訪れたペトラたちは、そこで扁平で艶葉のパキポディウムを10株購入してチェコに持ち帰った。これらの株はデンシフローラムとして購入したもので、のちに巨大花を咲かせることはまだ誰も知るよしもなかった。持ち帰った株のいくつかが、初秋になって径62mmの大きさの大輪を咲かせたのである。蕊注のつきでた花の形でデンシ系の種であることは容易に推察されたが、ここまでのサイズの花は他に類がなく、驚くべき発見だった。アルフレッドいわく、原住民のディガー(digger: 採集人)が持ってきたもので、自然由来のものであることは間違いないという。ただ、残念ながらはっきりとした採集地は記録されていないのだった。そこから数年間、8度にわたる探索が行われ、2007年になってついに野生下で再発見されたのだった。まずナーセリーで偶然に植物が発見されたが、生息地は謎のままだった、”エニグマチック”であった。それを苦労して骨折りしてその謎を解き明かしたというところから、エニグマチカム(謎めいた)という種小名が与えられたのだった。

glabrous, shiny leaves
艶感のある無毛の葉

 エニグマチカムは、Mandotoの一つの山でしか見つかっておらず、TL(Type Locality: 基準標本産地)に近接して2,3のスポットコロニーが見つかっているそうだが、いずれにしても同じ山にしか分布していない。約3kmの離れた場所には、普通のデンシフローラムも分布しているが、面白いことに両者では花時期が違っているという。生殖的に隔離されて、種として確立されているようである。面白い。記載を読むたびに思うのだけれど、花のサイズが”60mm以上”という表記ではなくて、6″2″mmというあたり、発見者たちのこの花の大きさへの驚きが汲み取れて好きだ。ノギスでめいいっぱいきちんと測って、1mmでも大きいことを喜ぶような姿が眼に浮かぶ。

Plant in habitat, over 30cm diameter
直径30cmを超える原産地球


エニグマチカム実生へむけて

 2014年になって記載されたエニグマチカム。記載からまだ10年経っていない最新種だ。数年前から、エニグマチカムはペトラ自身のウェブサイトでオファーされていた。エニグマチカムをオファーできたのは、もちろんペトラだけだったのだが、彼がオファーしていたのは全て接ぎ木のものだけで、正木の流通はなかった。接ぎ木の植物はあまり好きではないのだけど、接ぎ木以外は手に入る余地もなく、またエニグマチカムはあまりにも魅力的な種なので、仕方なく親木として接ぎ木株を数本買ったのだった。ただ、種親としてはいいとしても、やはり接ぎ木では育てる満足感は得られない。ラメリー接ぎでは、勢いがあり過ぎて野趣のない姿に育ってしまうのである。実際、ラメリー接ぎされた株は、肉刺のかなりきつい、まるでエブレネウムのような姿で、記載論文で紹介されているような、原産地球の姿とは程遠いのだった。正木のオファーがない以上、接ぎ木の株を親にして実生をするしか、正木のエニグマチカムを手にいれる手立てはないのだった。初めて購入した接ぎ木の株は、いまでは随分大きくなり、毎年たくさんの花を咲かせてくれている。後々、彼に直接聞いてわかったことだが、彼のオファーしている接ぎ木株は、それぞれが実生個体を接いだものなので、つまり、それぞれが別クローンだということだ。これは幸いなニュースで、接ぎ木の株を複数本手に入れれば、別クローンどうしで種子を採れるということなのだから。

mother plants, grafted on P. lamerei
我が家のラメリー接ぎの親木たち

原産地球のSpecial gift from 🇨🇿、発見者たちと

 そんな頃、かねてからメールでやりとりしていたペトラから、日本を初訪するという知らせが来た。ペトラを空港に迎えに行き、滞在先のホテルへ向かった。挨拶を済ませた後、ホテルの部屋でこれからの日程を話し合うために、彼はスーツケースを開け始めた。ケースのなかは、チェコから持って来た植物でいっぱいで、誰かれに頼まれた植物やギフトなのだろう。するとペトラは、その中からひとつの紙包みを取り出して広げ、僕の手に小さな丸いパキポを手渡したのだった。そして、「Kono, ギフトだよ。これがなにかわかるか?」と尋ねてきた。みたところ、恵比寿笑の小さな原産地球か..?とは思ったが、しかしいまさらペトラが、そんなものをギフトにするはずがないだろう。返事に困って、黙っていると、「enigmaticumだ。」と彼は言った。驚いた。エニグマチカムの現地球というのがどれぐらいに貴重なものか。先にも書いたが、ペトラは接ぎ木の株しかオファーしていない。ペトラは、エニグマチカムの産地を保護するために、はっきりした産地は秘密にしていて、記載論文のなかでも産地情報は明記されていない。ただ、<Mandoto region, Madagascar, 海抜920m>と書かれているだけである。そういうことも知っていたし、だからこそなんとかして自分で実生をしようとしていたのだ。そんな時に、エニグマチカムの原産地球のギフトである。この驚き、喜び、興奮のないまぜやいかに。これまで多肉植物に触れてきた中でも、一番に高揚した瞬間かもしれない。「写真の山に埋もれてしまって探すのが大変だけど、Konoのその株、原産地で生えていた時の写真も撮ってあるよ。」だそうだ。最高でしかないな..(まだみせてもらってないんだけど)。

 チェコを訪れた時、記載に関わったプロケス氏にも会って話をすることができた。彼はペトラの親友で、よくマダガスカルにも一緒に行く仲だ。実は、彼が最初にエニグマチカムの産地を見つけたその人なのである。彼が、丘の向こうになにやらパキポらしい植物が見えるぞ、と最初に指差したのだという。そしてそこに向かってみると、エニグマチカムの産地があったのだった。彼は謙遜して、「僕は、ペトラより少しだけ背が高かったから、先に見つけられたんだよ。」と言っていたのをよく覚えている。日本でも、エニグマチカムが実生で増やされていることを伝えると、遠い日本で自分が発見に関わった植物が大事にされていると知って、とても喜んでいた。

Left) Pachypodium enigmaticum, a special gift from 🇨🇿
Right) Mr. Proces with my seedlings enigmaticum on my left hand
左)ペトラより送られた原産地球エニグマチカム
右)発見者の一人、プロケスさんと


エニグマチカムにせもの流通

 2019年に、P. enigmaticumの現地球として、いかにもそれらしい姿の輸入球が日本で流通した。ヤフオクにいかにも山採りの原産地球がenigmaticumとして売られているのを見てかなり驚いた。ついに暴かれたのか?ここまで書いて来たように、エニグマチカムの産地は隠され守られている。あまりにも気になって、急いで販売者のところへ株を見に出かけた。いずれも抜き苗であったので葉もなく、なんともいえない。そのあとしばらくして、葉が出るころにもう一度見にいったが、なるほど無毛っぽい。たしかに記載には、花以外の特徴では、葉が無毛で艶があるのが特徴であるとは書かれている。しかし、デンシフローラムはマダガスカルパキポのなかでもかなり分布の広い種で、形態的なバラエティも多い。これまでにも普通のデンシフロラムで無毛の葉の個体も見たことがあるし、体高の低いような姿の個体もある。ただエニグマチカムは、原産地球のボディは扁平であると書かれているが、しかし恵比寿笑いほど特徴的なわけでもないため、株姿だけで判断するのは不可能に近い。これは、いよいよ花を確認せずに判断するのは不可能だと思った。友人たちの中にも買い求めた人がおり、どこかで花が咲いた知らせが来るのを待っていたのだが、それから数ヶ月、輸入主がIGにアップした花の写真で、この植物はエニグマチカムにはかすりもしないことがはっきりしたのであった。果たして、エニグマチカムとして販売された現地球は、全く別物の、ただのデンシフロラムだったわけである。

enigmaticum
エニグマチカムじゃなかったね

初開花へ

 さて、今では毎年それなりの種子を採れていて、念願の実生正木苗も育てることができている。現地球を眺めながら、自家の実生苗を眺める。なかなか贅沢だし、どちらにもストーリーがある。毎年手元でいくらかは自分で蒔くが、残りの大半はペトラに送っている。自分の採った種子が、巡りめぐって世界中の愛好家の手に渡っていると思うと、好いものだ。2017年の夏に初めて自家採取の種子ができて、いま2年半になる。接ぎ木の見た目が、エブレネウムにそっくりなので実生の成長も早いのだろうかと期待していた。しかし成長はかなり遅く、むしろ初期成長は恵比寿笑に近い印象だった。3年目が近づいてもまだ直径3センチに至らないものが大半だ。マダガスカル産のパキポディウムは、早熟で、実生2年位で咲くこともあるが、大輪咲きのエニグマチカムのこと、それに見合う体のサイズにならなければ、開花は見られないのかもしれない。種子から種子へ、1サイクルできるのはいつの日か。日本で、実生の初開花が見られる日も近いかもしれない。

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さて、ここまでおつきあいいただきありがとうございます。エニグマチカムのストーリーはいかがでしたか。もし、原産地が暴かれてしまったら、産地は全て採り尽くされて、簡単に消えてしまうだろうとペトラは言っていました。実生、育ててみませんか。

–Fin–